2012年4月8日日曜日

増える児童虐待−四国新聞社


 社会病理現象とも見える児童の虐待が増えている。抵抗できない幼児を執ように痛め、時には死に至らしめる。本来なら守らなければならない者が加害者となる恐怖。虐待の状況は「これが人間のできることか」と思わせる。が、よく考えると「人間だからこそ」ということに気付かされもする。長崎県で起きた実母による高校生の息子の保険金殺人も、その延長線上にある。今、私たちの心の中で何が起きているのか。そのことは、私たちにどんな反省を迫っているのか。子供たちの周辺に起きつつある問題現象のベースともいえる児童虐待を考える。

 <最初は、すごい抵抗感があったが、繰り返すうちにだんだん癖になってしまったんです>
 これは昨年七月、三豊郡内で生後九カ月の長女をせっかんで死なせた父親(23)の供述調書の一節だ。「娘が懐かない、言うことを聞かない」などささいなことが暴行の理由だった。
 ここ二年余りの間に、県内で摘発された幼児虐待事件は九件。被害者は生後二カ月から五歳で、三人が死亡、ほとんどが重傷を負った。ことし八月には丸亀市内で父親(25)が泣きやまない三カ月の女児を殴り、傷害容疑で逮捕された。女児は現在も意識不明の重体のままだ。
 なぜ、幼児虐待事件が相次ぐのだろうか。

 ●エスカレート
  供述調書からは、通常の事件報道からはうかがい知れない、すさまじい虐待の実態が浮かび上がる。
 冒頭の三豊郡内のケースは、夫婦と女児の三人家族。生まれた時は「うれしかった」という父親が虐待を始めたのは、子供が四カ月になったころ。背中をつねったのが最初だった。
 <いけないのは分かっていたが、腹が立つと止まらなかった。初めは二、三日の間隔だったのが短くなり、一日に二回もするようになった>
 暴行はエスカレートする。体中をつねる、たたく、かむ。両腕両足をひねり上げる。さらに両足を持って逆さづりにし、両手で首を絞めることもあった。女児の体には傷が絶えず、古いあざが消えては、新しいあざができたという。
 生後七カ月で女児が病院に運ばれた時には、両腕両足が骨折し、一本の骨に何カ所も折れてくっついた跡があった。左右のひじは完全に伸ばせず、内側にもあまり折り曲げることができなかった。
 父親も反省し、いったんは虐待も収まったかに見えた。が、女児は退院から一カ月もたたずに死ぬ。泣きやまないことに腹を立てた父親によって、胸を踏み付けられ、両手で首を絞められて。
 だが、父親は娘を嫌っていたわけではないと言う。<本当は、うんと懐いてほしかった。でも、嫁さんばかりに懐くので悔しさもあったんです>


方法2キス

 ●ペット感覚
  親の異常さを示す例は、枚挙にいとまがない。
 七月には丸亀市で、一歳十一カ月の二男を虐待していた父親(22)が逮捕された。二男が心臓病にもかかわらず、五時間にわたって屋外に閉め出した上、腹をこぶしで二十数回殴るなどして仮死状態に陥らせた。
 日ごろからアルミ製の棒などでせっかんを繰り返していたという。
 「子供が、子供を育てているような感じ。子供以上に我慢ができない」。虐待事件を扱った警察官らは、若い親たちの幼児性を指摘する。
 九年七月、綾歌郡内で若い夫婦が妻の連れ子(2つ)をタンスの引き出しに押し込め、死亡させた事件も、手ひどいせっかんが繰り返されていた。
 子供の食事は夜一回だけ。寝るのは母親が「○○の家」と名前を書いた、タオル一枚もない段ボール箱。義父(21)の暴行は日常茶飯事で、こぶしや掃除機のホースで女児を何十回もたたき、段ボール箱に閉じ込めた。
 義父のいう「しつけ」とはこんな具合だ。夫婦の寝室に入らないように教えた上で、優しい声で「おいで」と言い、実際に入って来たら「何で入って来た」と殴る。これを、言うことをきくまで繰り返した。
 「まるでペット感覚。人間の扱いじゃない。本人はしつけのつもりでも、子供には地獄だったろう」。捜査関係者は吐き捨てる。

 ●似通う生い立ち
  虐待事件に共通性はあるのだろうか。
 「実は驚くほどの確率で、親自身も子供のころに親の暴力を受けているんです」。捜査関係者は生い立ちの類似性を指摘する。
 心臓病の二男に重傷を負わせた父親は、子供のころに母親の暴力を受けていたことが公判で明らかになった。綾歌郡の事件の義父も<小さいころに父親や母親に虐待を受け、今も憎んでいる>と供述している。
 三豊郡の事件では、夫婦がともに父親の暴力の被害者。夫は「父親の暴力は事件と関係ない」と述べているが、よく似た境遇が接点となって二人は付き合うようになったという。
 高松市で女児を虐待によって死なせた母親(24)は<私自身が母親から愛情を受けて育てられておらず、母親の味をよく知らない>とし、<母親とはこのように接するものという見本がないので、どう育てたらよいかよく分からない>と胸中を吐露している。
 すべてを家庭環境のせいにはできないが、暴力を受けてきた子供は、自身も暴力を振るいやすい傾向にあるという。
 子供を虐待する父親は、妻にも暴力を振るう場合がほとんど。「夫を怒らせると殴られる」と母親は暴力を恐れ、子供への虐待も見て見ぬふりをするケースが多い。
 幼児虐待が事件にまでなるのは少ないが、その背景にある家庭が抱える問題は決して特殊ではない。(年齢はいずれも当時)


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【児童虐待とは】
 殴る、ける、たばこの火を押しつけるといった身体的な虐待だけでなく、ネグレクトと呼ばれる食事を与えない、学校に行かせない、車の中に放置するといった子供を遺棄する行為、極端に兄弟を差別したり、言葉で脅したりする心理的虐待、そして性的虐待も含む。
 加害者が保護者で、加えられた行為が偶発的な事故でなく、反復・継続的になされるというのが一般的な定義だ。一九六二年、米の小児科医ケンプが「被虐待児症候群」の存在を報告して、注目された。
 県児童相談所<087(862)4152>など公的な機関の相談窓口もあるが、県精神保健福祉センターの職員らが中心になり市民も加えた「みんなで児童虐待を考える会」が近く発足を予定するなど、「駆け込み寺」的なものをつくろうという運動も始まっている。

 「まだまとめてはいませんが、今夏も通報が多かった。どんどん増える傾向は間違いありません。データ以上の実感があります」
 こう話すのは、最もトータルな形でこの問題にかかわっている県児童相談所の藤村雅洋相談課長。増えているのは、「虐待ではないか」という相談所への通報と、実際に調査して何らかの措置を取った件数だ。
 「調書から」で報告した極端な事例だけが増えているのではない。それを支える水面下の塊が膨らんでいるのだ。

 ●根は日常に
 別表を見れば、そのことは一目で分かる。表は、児童相談所が「虐待あり」と判断し、対応した全国と香川の件数の推移だ。
 過去九年間の統計で、県内の場合、虐待が最も少なかったのは四年度の八件。それが十年度には八十一件。数年サイクルで倍々ゲームのように増え、六年間で十倍にまで膨らんだ。傾向は全国も同様だ。
 むろん「児童虐待とは」で解説したように、虐待といっても心理的ないじめから命にかかわる身体的暴力まで幅広い。が、この人目につきにくい虐待の横行が目を覆いたくなる悲惨な事件の増加の背景となっていることは間違いない。
 「事件は突発的なんですが、根っこは日常の中にあるんです」と藤村課長。別の見方もあるが、児童相談所は「水面下の塊は、引き金さえあれば事件化しかねない層」と認識しているようだ。事実、「このまま放置すると危ない」と判断し、保護者と子供を引き離した"事件直前"のケースは、十年度十三件。これも確実に増加している。


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 ●マイナスモデル
 なぜ、こんな事態になったのか。都市化、核家族化、経済的困窮、夫婦仲…背景は多様で、事情はケースによって異なる。
 ただ、多様なケースの共通項から、おぼろに浮かんでくる一つの加害者像がある。「愛されたことがなく愛し方が分からない」親たちの群れだ。
 「調書から」でも触れたが、藤村課長も「加害者の成育歴を見ると、子供のころ虐待やそれに近い経験をしたケースが多い」と証言する。いわゆる虐待の連鎖だ。「育ち方は育て方のひな型。マイナスのモデルしか持っていないんです。否定されて育つと自分も好きになれないですから」。
 こうした場合、根源を断つ処方はない。対症療法的に関係機関がウオッチしていて、ひどくなれば引き離すしかない。「いつ何が起きてもおかしくないケースで、子供が保育所などに通い始めるとほっとするんです」と藤村課長。
 親子を離した方が安全な社会とは、どこに向かっているのだろうか。

 ●ドアをたたく
   データを押し上げている要素の一つに、行政の姿勢の転換がある。この種の問題は、プライバシーや人権と密接にかかわるため、役所は及び腰にならざるを得ない。近隣の通報があっても、すぐにはドアをたたけなかったのが実情だった。
 が、「それでは子供を守れない」ことを教える事件が昨年、西讃で起きた。父親の虐待で乳児が死んだケース。事件発生の五カ月も前から、自治体、保健所、児童相談所などが異常に気付き、チームを組んで防止策を練っていたのに、悲劇を防げなかった。
 反省点は「加害者と正面から向き合うのを避けた」こと。虐待は密室で起きやすい。周囲から徐々にという手法では間に合わない場合があることを関係者は深刻に受け止めたという。
 「今は、どんどんノックするようにしています。場合によっては、警察と連携して」と藤村課長。ただ、それも対症療法にすぎないことを、関係機関は知っている。
 「引き離した子のめんどうをどこまで見れるのか。親が変わる保証はなく、それさえ先が見えません」。地域社会、家庭、学校、会社…そして親子。崩壊の根っこは、違うのか、同じなのか。虐待のふちは、暗くて深い。

「不幸の連鎖断つしかない」

 ―わが子を死に追いやる虐待が相次いでいる。
 橋本 すべての児童虐待が重大事件に結び付くとはいえない。子育てに悩みながら、つい子供をたたいてしまう範囲の虐待と極端にひどい虐待は、明確ではないが、境界があると思う。

 ―両者の違いは。
 橋本 前者のタイプの親には「自分が虐待しているんじゃないか」という自覚がある。後者の親は虐待をほとんど認めない。保育所の先生らが心配して声を掛けると、かえって隠そうとする。子供を隔離してしまい、虐待はますますエスカレートしていく。


 ―タンスに閉じ込めるなどの行為は信じられない。
 橋本 何かやり出したときに歯止めが効かない現象がある。少年事件の例を引くまでもなく、相手を死ぬまでたたきのめすという行動が目に付くようになってきた。虐待も同じだ。ダメージを受けた子供を見るとやめるだろうと思われるが一端、たたき出すとこれが止まらない。

 ―気持ちがいいのか。
 橋本 なぐること自体に酔うんじゃないのか。

 ―ある種の病気と。
 橋本 重大事件を引き起こした家庭は「病理的な家庭」といえる。児童虐待を含めた「家庭内暴力」がある家がほとんどだろう。

 ―統計では母親の虐待が圧倒的だが、県内の重大事件の加害者は父親が多い。
 橋本 子供と接する機会が多いだけ、母親が多くなるのだが、こういう父親の大部分は仕事がなく、家にいる。父親が虐待する場合は子供がけがをする可能性は高い。こんな家庭の妻は夫になぐられた経験があるか、その恐怖を感じていて子供を保護することができない。

 ―なぜ、子供を連れて逃げ出さないのか。
 橋本 逃げる意思さえもそがれているケースが結構ある。大方の場合、実家との折り合いも悪い。逃げ場があれば、重大事件までに至らなかったのでは。

 ―ひどい虐待をしてしまった親も子供のころに虐待を受けていたという。
 橋本 なぐられたり、置き去りにされたり、かなりひどい目に遭ってきたのは確か。だから「子供はたたきながら育てるもんだ」と思っている人が多く「自分のは虐待ではなく、しつけだ」と言い張る。どこまでをしつけと考えるかは、かなり自己の体験が入る。日常的になぐる家庭に育った人はこの判断基準が違う。

 ―自分が嫌だったことはできるだけ子供には体験させたくないのでは。
 橋本 思うことと、できるかどうかは別。「子供を幸せに」とのイメージを持っていても、結果が伴っていない。伴りょにも同じ体験を持つ人を選びやすい。

 ―虐待が再生産される構図があると。
 橋本 問題の解決に暴力的な手段を取る家庭に育った子供は、友達と遊んでいるときでも同じような行動を取りがちだ。自分より弱い相手には、平気でたたいたり、石を投げたりしてしまう。安易に力で解決しようとする。例えば、乱暴な子供は、しつけに体罰を用いる家庭で育ちやすいのではないかと思う。

 ―虐待する親のケアは。
 橋本 自分の暴力的な性向や問題性を認めることが先決。そんな気持ちにならないと回復は見込めない。

 ―親を虐待に向かわせるものは何か。
 橋本 「泣き声に耐えられない」「トイレットトレーニング」。一般的に不慣れな子育てがきっかけ。子供の汚したおむつに触れない母親もいる。おもらしをしたら、腹に据えかねてバシバシたたいてしまう。

 ―これも信じられない。
 橋本 自分の不満を夫に分からせたいために、子供をいじめる場合もある。ただ、核家族化が進み、手助けしてくれる人が減り、母親の負担が以前より重くなった点も影響している。


 ―家族関係も原因と。
 橋本 社会全体の傾向として、対人関係がうまく結べなくなっている。最近の若者は、自分が傷つくくらいなら相手を求めない。振られるのが嫌だから告白しない。集団の中で遊べない子供は確実に増えている。

 ―不登校にいじめ。子供の問題行動の根は虐待と同じようだ。虐待を減らすにはどうすればいいのか。
 橋本 今の子供を幸せに育てるしかない。虐待に遭っている子供を助けることが将来の不幸を減らす。大人になるまでに、自分が十分に愛されたとか、認められたという経験を持たせてあげなければならない。
   ◇    ◇
はしもと・みか 愛媛大医学部卒。香川医大精神神経科学教室、馬場病院を経て、平成2年から現職。39歳。岡山県出身。

大西正明、山田明広、山下淳二が担当しました。

(1999年9月6日四国新聞掲載)



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